関係者からのメッセージ

2010年7月1日

回収チームの真ん中で 〜EDL解析(注*)という仕事〜

EDL解析担当 山田 和彦

注*)EDL解析=Entry(突入), Descent(降下) and Landing(着陸)解析:軌道決定値、カプセルの諸元、大気の状態など、様々な情報を集約して、カプセルの降下軌道や着地点を予測する解析のこと。

「はやぶさ」回収ミッションを終え豪州から帰国し、あっという間に日常が戻ってきて、いつもと変わらない日々が過ぎていく中、あの時は、確かに感動と興奮の中にいたのだと、ふと、思い出したりしています。

私は、学生時代は宇宙から地球に帰還する再突入機に関する研究を行っており、その後は、JAXA大気球観測センター(現大気球実験室、以下気球Gと呼ぶ)で、気球の放球、追尾、観測機の回収までの一連の運用に関わっていたこともあってか、2年前に「はやぶさ」の回収チームに参加することになりました。再突入を専門にしている立場としては、「はやぶさ」の回収は、どうしてもやりたい仕事のひとつでしたが、実際の宇宙機のミッションに関わることは初めてであり、当初は右も左もわからず、ただやみくもに自分にできることをやっていました。電波方探アンテナの組み立てや解体、測量用のGPSの使い方を学んだり、追尾練習用のビーコンを搭載した気球の放球、練習用のビーコンを抱えてセスナ機にも乗りました。そうしているうちに、いつの間にか回収チームのコアメンバーと呼ばれるようになり、最終的には豪州の回収現場でのEDL解析(注*)を任されることになりました。

EDL解析とは、宇宙空間で特定された「はやぶさ」の位置と速度などの情報をもとに軌道解析を行い、着地点などを予測することです。私は、高度200km以下、大気圏内の軌道解析を行い、最終的な着地点を予測する部分を担当しましたが、その一番の難しさは、地球には空気があるということです。

まずは、“空気抵抗”。想像し難い速度(秒速12km程度)で大気圏に突入した「はやぶさ」カプセルは、その後、空気抵抗により減速し、最終的にはパラシュートを開いて軟着陸(秒速7m程度まで減速)します。正確な着地点予測のためには、その間のすべての状況において、カプセルがうける空気抵抗を正確に把握する必要があります。それには、諸先輩方が、カプセルを開発した際に実施した膨大な風洞試験や数値シミュレーションによって取得したデータベースを用いるより他はありません。

そして、“風”。せっかく緻密な軌道計画に沿って誘導され、地球に還ってきたカプセルも、当日の風の状態で容易に数10kmも着地点が変わってしまいます。残念ながら、風は人間がどれだけ努力してもコントロールできるものではないのですが、風を正確に予測することは回収作業においては重要な要素の一つです。この風予測に関しては、日々、風を予測して、気球を運用している気球Gの知識と知恵を拝借させていただきました。

それらを利用して、日々更新されていく様々な情報を基に降下軌道や着地点の予測をし、電波方探班、光学観測班、ヘリ探索班、さらには、落下区域の安全を管理している豪州のスタッフなどへ、適切なタイミング、適切な形式で情報を提供することが、現場のEDL解析担当の仕事です。この情報に基づいて回収隊が動くため、降下軌道や着地点を、いかに早く正確に予測し配信できるかは、安全かつ迅速な回収作業に大きく影響を与える重要な役割であり、まさしく回収チームの真ん中という表現が相応しい役回りです。もちろん、その分、プレッシャーも大きいのですが、どうせ参加するならやりがいのあるほうがいい、と腹をくくって準備を積み重ねていきました。

ただ、現場のEDL解析担当には、もう一つ大きなプレッシャーがありました。回収隊の任務は、小惑星の砂が入っている可能性があるカプセル本体を回収することだけでなく、大気圏突入の際の猛烈な加熱からカプセル本体を守ったヒートシールドも回収(注**)しなければいけません。これらを共に発見しないと回収隊としての任務を全うしたとは言えません。つまり、それらを見つけるまでは帰国できないかもしれないということです。

ビーコンを搭載しているカプセル本体は、多少予測がはずれたとしても、電波方探班により位置を絞り込むことができますが、ヒートシールドはそうはいきません。ヒートシールドは、パラシュートの展開と同時にカプセル本体から分離され、その後は電波も出さなければ、目印となるパラシュートもついていません。最終的には、予測着地点を中心に回収隊の皆で歩いて探すという計画でした。回収隊の皆は、「トレッキングみたいだし、楽しみながら探すよ」と言ってくれてはいましたが、実際に歩く場所は整備された登山道ではなく、補給地点も何もない砂漠です。現地の人からは、危険な生き物も棲息していると注意をうけており、徒歩での探索が数日も続ければ過酷な作業になっていくことは容易に想像できます。もし、予測を大きくはずして、数日歩いても何も見つからなかったら.... ましてや、けが人がでたら....
ちょっと大袈裟かもしれませんが、回収隊の皆の安全は、EDL解析の正確さにかかっているといってもいいかもしれません。そんなプレッシャーとも戦いながら、日々、予測方法の検討を重ねて再突入当日を迎えることになりました。

しかし、実際の回収作業は、天にも味方され、快晴、無風という絶好のコンディションのもと、驚くほど順調に進みました。カプセル本体もヒートシールドも、ほどなくヘリコプターにより発見され、結局、徒歩での探索の必要はありませんでした。回収作業が順調に進んだ要因として、気球Gの知識と知恵に基づいた風予測手法によるヒートシールドの着地点の予測が非常に正確で、その地点に探索のヘリコプターを迅速に誘導できたことがとても大きかったです。この場を借りて気球Gの方々には深く感謝いたします。私自身は、ヒートシールド探索のヘリコプターに同乗することができたのですが、実際に、この目でヒートシールドを確認したときは、これで回収隊の皆が安全に帰国できるというほっとした気持ちが一番の感情でした。回収隊全員が無事に、そして、少しだけ予定より早く帰国できたことが、現場のEDL解析担当として、一番の成果であり喜びでした。

最後に・・・
私が学生だった頃、無邪気にも論文に「近い将来、宇宙と地球の間を頻繁に往来する時代にむけて。。」と書いて、新しい再突入機に関する研究をはじめてから10年がたちました。現実は、なかなかそうはならないものですが、再突入に関わる研究者として、「はやぶさ」の回収ミッションで、実際の再突入&回収の現場に関われたことは、本当に貴重な経験となりました。豪州との事前打ち合わせから、広大な砂漠を股にかけての方探リハーサル、再突入当日の火球観測、ビーコン入感、ロックオン、ヘリからのカプセル目視確認の連絡、自分の目でのヒートシールド発見、そして、カプセル&ヒートシールド回収とそれらを載せたチャーター便の見送りまで、実際の再突入&回収のすべてを現場の回収チームの真ん中で身をもって感じ、仲間とともに感動と興奮を味わうことができました。この機会を与えていただいた先生方や諸先輩方、支援していただいた方々に感謝するとともに、この経験を次につなげていくことが若い私達の使命だと強く感じています。私にとっては、この「はやぶさ」の回収ミッションは第一歩であり、今後は、宇宙から還ってくることが日常になる時代にむけて、より一層努力していきたいと思います。本当にありがとうございました。

注**)ヒートシールドの回収:実際に大気突入時の空力加熱で焼かれたヒートシールドを回収し分析することは、今後の再突入機開発において貴重な資料となるため、工学的には非常に価値が高いものです。私のような再突入屋さんにとっては、このヒートシールドも凄い宝物です。


筆者紹介

山田和彦さんは、大学卒業後にJAXA大気球観測センター(現大気球実験室)での3年間の現場修行(プロジェクト研究員)を経て、現在は宇宙研の宇宙輸送工学研究系,安部・船木研究室の助教として、新しい大気突入機に関する研究を行っています。
「はやぶさ」回収ミッションでは豪州での回収現場本部に常駐し、回収に関する全ての情報があつまる場所、まさしく「回収チームのど真ん中」で各所に展開した方探班の本部側の取り纏めも担当しました。
本業のEDL解析(突入・降下・着陸解析)では抜群の精度で落下地点予想を行い、カプセル、ヒートシールドの速やかな発見・回収に大いに貢献しました。(IES兄)

もっと詳しく

プレスキット

関連ページリンク