関係者からのメッセージ

2010年7月26日

最後の願い“カプセル分離”

点火系・カプセルタイマ担当 中部 博雄

2010年6月13日午後10時、ライブ中継は無言の管制室を映していました。
管制室内の動きで、「はやぶさ」の状況を把握しようと画面に集中、短くも長い時間が過ぎていきます。

・・・私が担当していた「はやぶさ」の点火系は、7年もの長きにわたりスクイブ(火工品)が宇宙空間に曝されるのは経験がありません。「確実に発火する?」、「点火電源であるコンデンサーは無事?」うまく行って当たり前の点火系ですが心配でした。
「はやぶさ」は点火系にとっても今までの衛星にはない多くの仕様変更がありました。点火項目数の大幅増、多くの点火系はコマンドで実行されますので各種コマンドにアーミングを設け誤送信を防止しています。それに伴う回路の追加、さらに機械環境条件が厳しくなり、その対策のためにリレー部のショックマウントが必要になりました。
「はやぶさ」の搭載機器全てに重量削減が求められています。点火系も例外ではありません。

今回の点火系は通常の衛星点火項目の4倍以上、M-V-5号機の機体側点火系14項目と比較しても、「はやぶさ」は19項目と宇宙研始まって以来の多さで、しかも太陽電池パドル展開には、1点火項目でスクイブ16個の同時点火をしなくてはなりませんので、点火電力の削減は無理です。
そこで、点火リレーを従来の10Aリレー(接点容量最大10A/40g)から2Aリレー(接点容量最大2A/8g)に変更する事にしました。このリレーはS-310観測ロケットで実績はあります。2A点火リレー接点の耐久試験では通電時間0.5秒以下で20A迄の通電は支障がないことが確認されています。
しかし、2Aリレーの「はやぶさ」搭載に向けて更に確認が必要です。点火電源はDC電源ではなく、コンデンサーに充電して使用するため、新たにコンデンサー電源によるスクイブの各種発火試験を実施しました。ロットの違いも問題ありませんでした。さらに、メーカー(松下通信工業(株))で詳細に検討した結果、非常電源(EPT-SA BK-PS)容量の見直し、回路構成を工夫して軽量化を図りましたが、「はるか」(衛星点火系;4項目/M-V-1)より490g重い3.64kgになってしまいました。いや、むしろ、その重量まで押さえ込むことが出来たと言うべきでしょう。
相模原で実施される「はやぶさ」の温度試験、熱真空試験、機械環境試験等の各種動作試験では、点火系の健全性も確認します。その場合は試験ケーブルを通して実機と同じスクイブ結線数で確認しますが、試験ケーブルのライン抵抗分だけ厳しい側での発火試験になります。

クリーンルームでのダスト発生は厳禁ですので、試験用スクイブは専用のBOX内に収納し、発火ガスが外に漏れないように密閉型を新たに製作しました。
射場では、実機スクイブが結線されましたので発火試験は出来ません。点火系については導通抵抗測定で正常値を確認して、「はやぶさ」は2003年5月9日、M-V-5号機により打ち上げられました。
「はやぶさ」は搭載されたタイマにより予め設定されたシーケンスで、第4段モータ(KM-V2)ノズル伸展、ノズル投棄、KM-V2点火、KM-V2と「はやぶさ」の分離を実行しました。それ以降は、コマンド送信により太陽電池パドルを展開してイトカワに向かいました。
イトカワ到着後はミネルバ放出、ターゲットマーカ放出、と順調です。しかし、資料回収用の弾丸は発射されませんでした。コマンド系に原因があったと言われていますが、本当に点火系は問題なかったのでしょうか、不安が日増しに大きくなってきました。・・・

無言だったライブ中継が、
「来た~!」
女性の叫び声がかすかに聞こえた様な気がしました。
「え、本当?」
そう思っていると、「はやぶさ」の火柱が映し出されました。
「「はやぶさ」は本当に帰ってきた!」
大きな火の玉が幾つかに別れ、1つ、また1つ消えていきます。
その中で、何時までも消えないで長い光の尾となって落ちてくるものがあります。
カプセルの分離が確認された瞬間でした。
点火系が正常に作動したことの証です。
かつてH-IIA-2号機で打ち上げたDASHで実施できなかった回収が、今、行われようとしています。
この感動的なシーンは一生忘れられないでしょう。
衛星、探査機の点火系は昔からコンデンサーによる点火方式を採用してきました。
この方式は惑星ミッションでも通用する事が証明されました。
先人に感謝、感謝です。

本当に信じられません。
「はやぶさ」お帰り、
そして、皆さんお疲れ様でした。


筆者紹介

中部博雄さんは、この3月でJAXAを卒業されるまで、ロケット・衛星の点火系ひとすじ40数年。こと点火系に関しては「融通の利かない頑固者」でした。ちなみに、東大糸川研究室採用の最後の職員です。

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