関係者からのメッセージ
2010年5月14日
ウーメラ砂漠に「サクラサク」ために
軌道決定 大西隆史(富士通株式会社)
これまで10年あまり、「はやぶさ」軌道決定のシステム開発と運用に携わってきた。
「軌道決定」というのは、探査機が現在どこを飛んでいるか、その位置と速度を調べる作業で、この結果に基づいて軌道のずれを修正する「軌道制御」を計画し実施する、というのが通常の探査機運用の流れだ。しかし、「はやぶさ」では、これまでの他の探査機とは、ちょっと勝手が違っていた。イオンエンジンによって常に加速、すなわち軌道制御を行なっているため、軌道制御をしながら軌道決定し、その結果を翌週の軌道制御計画、すなわちイオンエンジン運転計画に反映する、というサイクルを回す必要があるのだ。
今でこそ満身創痍の「はやぶさ」も、イトカワに到着するまでは、ピッチピチに元気で、イオンエンジンを2台、3台同時にブン回して飛んでいた。「はやぶさ」はイオンエンジン運転の細かい調節については自分自身で行なう機能を持っていて、その運転結果を地上に報告してくる。しかし、その自己申告値には数%の誤差があった。イオンエンジン加速度の数%という大きさは、通常の探査機で発生する加速度誤差の約100倍に相当する。惑星間探査機の軌道決定というのは非常に高い精度で加速度をモデル化しておくことが必要で、それこそ「探査機にあたる太陽の光によって発生する加速度」の誤差をどれだけ抑えられるか、という世界である。だから、その100倍も大きな加速度誤差が複雑に変化しながら存在すると、とてもマトモな軌道決定は出来ないのだ。
そこで、ジャジャ馬の「はやぶさ」には、数ヶ月に一度の頻度で、数日間だけ羽ばたくのを休んでもらうことにした。「はやぶさ」がジッと静かにしている隙に軌道決定を行ない、現在の位置速度を正確に算出するのだ。そして、再び「はやぶさ」が羽ばたき始めたら、軌道決定しておいた位置速度に、その後「はやぶさ」が自己申告してきたイオンエンジン運転結果を加味し、時々刻々の「はやぶさ」の軌道をわりだす。これを繰り返した。しばらくすると「はやぶさ」の自己申告値が持つ誤差の「クセ」も判ってきて、予想される誤差を補正して加味できるようになった。
それでも、数ヶ月に一度、軌道決定の折には、それまでに割り出してきた軌道と、軌道決定しなおした結果との「答え合わせ」にドキドキした。「イオンエンジンの誤差補正予測は正しかっただろうか?」「よし、今回は殆ど誤差が無かった!」「ああ、今回は速度に予想以上の食い違いがあった、後の軌道計画に悪影響がでるかも...」と、あたかも期末テストの結果を受け取る高校生のように、毎回の軌道決定結果に一喜一憂してきたものだった。
旅路も終盤にさしかかると、傷ついた「はやぶさ」に負担をかけぬよう、イオンエンジンと衛星姿勢を極めてデリケートに調節して運用するようになった。これが結果的には加速度を安定化させ、イオンエンジン運転中の軌道決定が可能になった。「はやぶさ」の羽ばたく力が弱ってきたことが、軌道決定には有利に働いたのだ。複雑な心境であった。
そのイオンエンジンによる長期軌道制御も、先だっての3月末、ついに完了した。波乱万丈の「はやぶさ」であったが、地球圏へ戻る軌道への制御を、やりきったのだ。しかし、これで終わりではない。まだ我々には、「はやぶさ」を正確に、カプセル着地点であるウーメラ砂漠まで導くという使命がある。それは我々に残された、最後の卒業試験だろうか。いや、そうではない。「はやぶさ」で実証する技術は、次の探査機へと繋がる技術であり、次のステップへ進むための入り口なのだ。そう、だから、Entrance Examination(入学試験)。ウーメラへカプセルをEntryするためには、少なくとも5回のTrajectory Correction Maneuver(TCM)をとおして、残されたイオンエンジンだけで正確に狙った場所を狙ったタイミングで通過さなければならない。それらはいずれも大変な難関であり「狭き門」だが、これらを全て突破し、6月のウーメラ砂漠に「サクラサク」。そのために、残された期間、全力を尽くしたい。
筆者紹介
大西さんは、のぞみ、はやぶさ、かぐやなど多くの探査機の軌道決定システムの開発と運用で活躍されています。イオンエンジン加速で常に軌道が変化し続けるはやぶさにおいて、数億キロ離れたその位置を正確に割り出し、見事に地球帰還へと導いたその手腕は素晴らしいとしか言いようがありません。
実際の運用に深く関わりながらも「縁の下の力持ち」に徹してくれるメーカーの方のお話を聞ける機会は本当に貴重です。(IES兄)
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