関係者からのメッセージ
2010年6月9日
出立
電池屋~方探班の一隊員として~ 曽根 理嗣
がんばれ「はやぶさ」。地球は、君の帰りだけを待っている。
君の帰還の日まで、「後、ジュウとサンニチ、後、十三日しかないのだ!」
明日、日本を発つという日、我が家の晩御飯は、カレーに煮物に刺身だった。
どれも暫く食べられないものばかり。海外出張は少なくないが、でも、今回の出張は普通の出張とは違うことを家族も感じていた。みんな何となく不安で、緊張感があった。
「お父さん、カプセル、必ず拾ってきてね。」
「がんばってね。」
「無茶はしないで、兎に角、体を大事にして。」
「大丈夫だよ、お父さんだけじゃあない。仲間と一緒だし、参加する人たちはみんなとっても優秀な人たちで、その人たちが一生懸命に知恵を絞ってここまで来たんだから。」
そう、「はやぶさ」が持ち堪えてくれさえすれば、何とかなる。
気の小さい僕は、その日のことを夢に見る。
僕は砂漠の真ん中にいる。すぐ後ろには、岡田隊長が立っている。横には福島隊員が僕と一緒に操作卓についている。
この辺りまでは、大体、いつも一緒。その後、
空に焔を引きながら流れ星が走り、慌ただしくビーコン音がなり始め、情報の読み上げが進むときもある。
何のビーコンも入感せず、必死に操作をしている自分を見ていることもある。アンテナを振りながら、冷や汗を掻いている自分を俯瞰している。時間が過ぎて行き、時計の指す時間はカプセルが地上に到達する絶望的な時間を示しているのに、何もできない。「起きろ。大丈夫だ、夢だ。起きろ。」(早く、ここから出たい。)夢の中で、自分で自分を起こした。
地上系の不具合に見舞われたこともある。一番、どうしようもなく最悪だったのは電池切れ。隔絶された環境での運用において、地上系はバッテリに頼らざるを得ない。ここで使うのは市販のバッテリ。ウルトラCはない。もちろん充分な数を揃えているし、実績のある運用なので大丈夫なはずだけれど、「昨日の電池は今日の電池ではない(性能は変化する)」し、「新しいからといって良いものとは限らない(新品を使えばよいというものでもないと思う)」。「電池の性能は使用環境により異なります」と取り説にも書かれていたりする。突然、地上系がダウンして、配線を調べても異常がなく、見るとバッテリパックの残量表示が点灯しておらず、冷や汗を流している自分を俯瞰しつつうなされたて目が覚めた。
「絶対、大丈夫さ!」鉄壁の呪文を唱えて、ここから先は良いイメージのみを強く念じていこう。
実は、「はやぶさ」関係者でお金を出し合って「はやぶさ」のTシャツを作っている。
忙しく慌ただしい中、とりまとめをしてくれた方が大変な苦労をして下さったのだろう。本隊の出発までに間に合わせてくれた。我が家は、家族全員分を作ってもらった。
再突入は夜中のはず。みんな寝ているのだろうけど、「一緒にこのTシャツを着ていよう。」
「もちろん、お父さんも持って行くよ。」
作業着には、ワッペンをつけるためのベルクロがついている。
家族の皆から、ワッペンを渡された。
家内からはカプセルを抱えたカンガルーのワッペンをもらった。「カプセル横取り注意」だそうだ。子供達からは、「カプセル、落下注意」と「カプセル、パーキングはこちら」。
出立の日、当たり前の話をしながら、きちんと食事をして、裏山を眺めて日本茶を飲んだ。当たり前の日常だった。
出掛けに話をした。
「このミッションって、今まで色々なことが起こって、その都度、誰かが何かの工夫をして、その一つ一つが違う方に倒れてしまっていたら、『回収』の話までたどり着いていないんだよね。」「俺にしても、色々な流れの中で、これまでのどんな一つの出来事でも、違う選択肢を採っていたら、今日のこの日にオーストラリアに向かうことは無かったように思うんだ。回収隊に加えてもらえたことは皆に感謝しているんだけど、お前も本当に、支えてきてくれてありがとう。」
成田空港の出発ロビーについた。
みんながいた。砂漠に3人一組で展開し、支えあう面々。本部に詰める人たち。光学観測班の人たち。
どの一人も、不可欠な面々。
カプセルとヒートシールドの回収を目指して「家族」となる面々。
強い目的意識と、お互いを尊敬しあう気持ちで、このミッションの成功に貢献しよう。
6月1日、とうとう僕達は、成田空港を発った。
筆者紹介
曽根 理嗣さんがオーストラリアから第二弾のメッセージを送ってくれました。
今回も、曽根さんの熱い想いとそれを支えるご家族の絆が溢れる文章です。曽根さんもいよいよウーメラ入りとなりました。曽根さん自身が蓋を閉め、軌道上で各種試験を行なってきたカプセルが、ついに曽根さんたちの元へと無事還ってくることを祈るばかりです。(delta-V)
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