関係者からのメッセージ
2010年7月15日
診断システムを通して見た「はやぶさ」
元診断システム担当 水谷 光恵((株)富士通アドバンストソリューションズ)
「はやぶさ」帰還時の映像――夜空に、燃え尽きていく「はやぶさ」本体の傍らで、輝き続ける大気圏突入カプセルの映像――は、とても印象的でした。「はやぶさ」が燃えるのを見ていたら、もうどうやっても「はやぶさ」からテレメトリデータは来ないのだと実感して、診断システムも役目を終えたのだと思いました。
私はSEとして、「はやぶさ」の診断システムの構築と運用支援を担当していました。診断システムは、テレメトリデータ(探査機から電波で送られてくる探査機本体や内部機器の情報)、軌道データ、地上局データ、運用情報、などを取り込んで、「はやぶさ」の健康状態を自動的に監視診断して安全運用を支援するためのシステムです。
診断システムの構築は、1990年12月から、磁気圏尾部観測衛星GEOTAILを対象に、研究開発として試行錯誤しながら始まりました。火星探査機「のぞみ」を経て、小惑星探査機「はやぶさ」で3つめの診断システムの構築となりました。探査機は一旦地上から打ち上げてしまえば、何かトラブルがあっても、蓋をあけて直接修理するようなことは出来ません。先の2つの診断システムの経験から、診断システムの役割は、故障してしまってから原因を特定するような診断ではなく、日々の正常な運用をしっかり監視して、異常状態となる可能性を検出し、探査機の運用者に必要な情報を分かりやすく提供するところにあると認識していました。このため、診断知識を知識ベースに登録して異常を監視検出するとともに、短期/長期のモニタグラフを充実したり、メールで診断結果を伝えるなど、必要なタイミングで意味のある情報が得られるシステムになるようにしました。
診断システムで、日々の「はやぶさ」の運用を監視していると、ある時点から異常の診断結果が出ることがあります、「まばらに」または「急に継続して」など、出方はそのときの状況によって様々ですが。これは、予め組み込んでいる診断知識がヒットしたということですから、診断システムとしては正しく動作しているという状態です。しかし、診断システムの担当としての思いは複雑です。実際、「はやぶさ」のリアクションホイールが壊れて姿勢が保てなくなったときにも、イオンエンジンが停止して、予定の加速をしていないときにも、診断システムはアラームを上げていました。でも、トラブルは起きない方が良いのです。
「はやぶさ」が、運用上の危機を乗り越えて、新しい(ときには思いもよらなかったような)運用体制に入ると、監視の方法を変えるために、診断システムでは、知識ベースの更新を行います。例えば、電流や電圧、温度などの変化を、これまでより厳しく検出するために、「はやぶさ」からの信号の1ビットの変化を捉えて段階的な表示ができるようにします。また、異常として検出している項目を、診断対象から外したりすることもありました。これは、本来は異常であって大変苦しい状況であることを、現在の正常として受け入れて、別の運用の工夫で切り抜けていこうとする決意だったのだと思います。
「はやぶさ」の運用室のホワイトボードに、ずっとイオンエンジンと書かれたものが残っていました。漢字が当てられていてエンジンは「円陣」でした。おそらくは、「はやぶさ」の運用会議の中で書かれたものが、その部分だけ消されずに残っていたのだと思います。私は、「はやぶさ」の運用室に診断システムの運用状況を確認に行くたびに、この「円陣」の文字を見て、何があっても大丈夫「はやぶさ」は必ず帰って来ると思っていました。ここには、「はやぶさ」をチームで支えている、困難なときにも笑いを忘れない、決して諦めない人たちがいるからです。
誰もやっていないことをしようとするとき、達成できればそこに新たな順位が出来て、1番と呼ばれることになります。でも、新しいことを達成しようとしているときには、順位などないところで、日々困難に取り組んでひとつひとつ解決していくしかないのでしょう。誰もやっていないことに「取り組んで行くこと」が、大切なのだと思います。
私は2008年7月にJAXA/ISAS様の担当から外れましたが、診断システムの構築と運用支援を通して、このような宇宙開発の現場を見せていただくことができて、幸せでした。どうもありがとうございます。
筆者紹介
水谷さんは、衛星や探査機の異常監視と状態診断を行う地上システム(通称"ISACS-DOC")の開発および運用支援に尽力されました。水谷さんが担当を外れた後も、この異常監視・診断システムは、日々の「はやぶさ」運用を常にサポートしてくれました。(IES兄)
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