関係者からのメッセージ
2010年9月3日
「はやぶさ」の運用が残したもの
スーパーバイザ 森 治
大学から異動したばかりの私の最初の仕事は、当時打ち上がって間もない「はやぶさ」のスーパーバイザ(SV)でした。
プロジェクトの経験がほとんどない自分が船長に相当するSVを本当に務められるのか?という心配よりも、史上初めて小惑星に行って「かけら」を持ち帰ってくるという壮大な冒険に参加できるという期待の方がずっと大きかったと思います。
最初に驚いたのは用語が全く分からないことでした。略語集を作って、地道に実験計画書を調べていくうちに少しずつ「はやぶさ」のシステムや運用について、理解できるようになってきました。そして、知れば知るほどよく考えられて作られた探査機だなぁ、と実感しました。
運用では、得られるデータに限りがあるため、どこまで想像力を働かせられるかにかかっています。これは、特に不具合発生時に顕著になります。不具合周辺だけでなく、システム全体を思い浮かべて、「はやぶさ」の状態をまるで自分の体の一部のように感じながら、原因を究明し治療するということを運用チーム全体で実践していました。
予防も大切です。1つ目のRW(リアクション・ホイール)が故障した直後に、推進系の短噴射試験を実施し、実際に2つ目のRWが故障した時点ですぐに実用化されました。また、3つ目のRWの寿命を少しでも長くするように、なるべく負担がかからないような運転が実施されました。使うことはありませんでしたが、3つ目が故障した場合の姿勢制御プログラムも残りのRWを温存している間に一年がかりで組み込みました。
「はやぶさ」にはミラクルがいくつも起きましたが、単にラッキーというよりは、設計、運用に十分な工夫が下地としてあり、その上で帰還に対するみんなの想いが幾分の幸運を引き寄せたと認識しています(もちろん、不具合自体は反省点ですが・・)
そして、このような運用活動があったからこそ、「はやぶさ」が、チーム一人ひとりにとって単なる機械ではなく、「はやぶさ君」というかけがえのない存在になっていったのだと思います。
「はやぶさ」の運用を続けるうちに、自分も探査機の開発にも深く携わりたいという思いが強くなりました。意外にも、そのチャンスは早くやってきました。これがIKAROS計画です。IKAROSの設計・運用については別の機会にお話ししたいと思いますが、本当に多くの点で「はやぶさ」の経験が生かされています。
6月13日の「はやぶさ」のフィナーレの感動が冷めやらぬ6月14日に、「はやぶさ」運用室のとなりのIKAROS運用室では、分離カメラの運用という一大イベントを実施していました。IKAROSから小さなカメラを切り離し、暗黒の深宇宙でキラキラと輝くソーラーセイルの写真を多数撮影することができました。この1枚目の写真には、IKAROSの太陽電池が鮮明に写っていました。「はやぶさ」の太陽電池をとらえた「ミネルバ」の写真が懐かしく思い出されました。きっと、ミネルバが分離カメラを後押ししてくれたんでしょう。
6月19日には、バックアップとして搭載された2個目の分離カメラも切り離しました。1個目の成功で少し余裕ができたため、少し「おまけ」を付けました。小惑星に自分の影を映した「はやぶさ」の写真を参考にして、IKAROS自身に分離カメラの影を落とした写真を撮ったのです。
8月下旬からIKAROSの通信状況は予定通り厳しくなり、9月には、IKAROSは通信不可帯を通過する予定です。この期間をなるべく短くするために、IKAROSでも「ビーコン運用」を実施する予定です。ビーコン運用の準備や通信不可帯通過後の復帰運用の検討等で、「はやぶさ」の実績がどれほど役に立っているか、改めて言うまでもありません。
しかし、もっと大事なことは、IKAROSのチームは若手から構成されているにもかかわらず、多数のメンバーが「はやぶさ」の運用を経験しているということです。最前線の現場で貴重な経験を積むことができたからこそ、IKAROSの特殊な要求も含め、日々の運用をスムーズに実施できていると今更ながら実感しています。
「はやぶさ」の運用は、経験、実績、チームワーク、自信など、表に出ることのない財産もたくさん残してくれました。この先もきっといろいろな場面で困難を打開する糧となってくれることでしょう。
「「はやぶさ」の運用に携わったことは私の誇りです。はやぶさ君、ありがとう!」
筆者紹介
「はやぶさ」のスーパーバイザであり、現在は「イカロス」チームのリーダーである森 治さん。
いつも柔和な眼差しで穏やかな顔の森さんですが、その内側は誰よりも熱い宇宙への想いを持っている方です(特別公開でその「熱」に触れた人も多いのでは?)。2007年に「はやぶさ」の運用で一緒に働いた時、まだ見ぬイカロスの事を熱く語ってくれたのを思い出します。
森さんはスーパーバイザとして「はやぶさ」の運用を行っただけでなく、化学推進系の担当として、燃料漏れの原因究明を行い、新たな燃料漏れを防ぐための対策を継続して実施しました。こういった活動の積み重ねもあって「はやぶさ」の帰還が実現されたのです。(IES兄)
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