関係者からのメッセージ

2010年6月8日

どうやって地球に帰ろうか...(前編)

姿勢系 白川 健一(NEC 航空宇宙システム)

小惑星の観測を終えた「はやぶさ」に残された姿勢制御装置は、小さなホイールが一つと軌道変更用のイオンエンジンだけ。さて、どうやって地球に帰ろうか....。時々刻々とスピンレートが低下していくなかで、イオンエンジン・グループから提示されたアイデアは、なるべく高い圧力で中和器を噴射するというものでした。微弱ながらもトルクを加えることができる。話を聞いた時は、宝物を見つけた時のようにドキドキしながら、その能力を見積もったことを憶えています。

電力/熱/通信の制約を満たしつつ、地球帰還という目的を達成するための方法を、手元に残された機器の使い方を工夫することでひねり出す。少ない情報を丁寧に拾って、悪い側に予想がはずれた場合を想定して進路を決める。加速を継続しつつ、手探りで設計仕様の外側の実力を見極める。打てる手立ては事前に打っておく。まとめると、こういう話になりますが、これだけでは味気ないので、若干の脚色を織り交ぜて、姿勢運用について紹介させていただきます。

---- 救出・帰還運用は... ----

電気が足りない、機器に当たる日差しが強すぎる、アンテナの向きが悪い、などなど、探査機の状態は姿勢に大きく影響されます。普通は仕様(インターフェース条件)として決められた範囲内で姿勢を運用することになりますが、救出運用の場合には、どこまで使えるか/どの角度まで耐えられるか?といった実力の把握が重要です(手元にあるものは最大限に利用しないと地球に辿りつけない)。電力/熱/通信などは私の専門外なのですが、ずっと運用に張り付いていることもあって、簡単な経験式を仮定した、さまざまな調査/予測を姿勢系担当者が実施する場面もありました。 実力を調べるといっても、ΔV(軌道制御)のノルマも厳しく、調査のためにイオンエンジンによる加速を休むことは許されません。走りつづけながらの調査/改良は、機器の異常を抱えた宇宙機の宿命でしょうか。

太陽距離や地球距離に依存する現象は、その時期にならないと正確な所は分かりません。不安をかかえながら、経験則のパラメーターを日々アップデートして将来を予測する...。そういう手探りの場面が何度もおとずれました。仕様の範囲内で使っていては、とうてい地球に帰り着けないため、崖っぷちの運用を続けながら、機器が使える範囲や姿勢を傾けられる範囲を少しずつ広げて、帰り道を切り開く。「地球帰還という目的を達成するために、粘り強く運用を継続する」。一見、目的は明確なように思えるけれど、未だ経験したことのないゴールの姿や、そこに至る道筋は、かなりボンヤリとしたものでした。どんな手段を使ってもよいから地球にカプセルを届ける。目の前の難所を乗り越えて、とにかく次の段階に繋げる。そうやって、あがきつづけた4年間でした。

後編に続く


筆者紹介

白川さん(NEC航空宇宙システム)は「はやぶさ」運用チームの姿勢系担当として、鮮やかな手法で「はやぶさ」の姿勢を制御してこられました。
主要な姿勢制御装置の故障や数十分の時間遅れの元で、キセノンの生ガス噴射や太陽光の圧力を駆使した姿勢制御を日々淡々とこなしてこられた白川さん。ほんの僅かな姿勢の揺らぎも確実に制御し、運用チームからの信頼も絶大です。
参考)ISASメールマガジン第152号:はやぶさ「逆さ箒」の術

「はやぶさ」計画に携わったメーカさんの中にも、サイトを開設されたところがあります。JAXAは、それらの特設サイトとも連携して、取り組みを紹介する活動に協力したいと考えています。(delta-V)
NECサイト > はやぶさ、7年間の旅
チーム『はやぶさ』の挑戦・第1話『天と地をつなぐもの』(白川さんへのインタビュー記事)

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