関係者からのメッセージ

2010年6月9日

どうやって地球に帰ろうか...(後編)

姿勢系 白川 健一(NEC 航空宇宙システム)

前編はこちら

---- 姿勢系担当者の日常 ----

発想力や想像力が試される場面もありましたが、姿勢の運用は比較的単調な日々の連続です。時期によっては深夜や早朝の運用時間に生活リズムを合わせて、盆暮れ正月に関係なく、決められた作業をたんたんとこなしてきました。

o ほぼ運用開始時間に運用室に到着
o 今日もホイールが元気なことを確認!
o 数日前からの姿勢履歴を睨んで調整量を決める。
o 制御結果を分析して、経験則のパラメーターを更新する。
o 調査/分析に必要なツールを改良する。
o 明日は予想通りの姿勢で入感することを祈りつつ帰宅。

帰還運用の特徴は、探査機がフラフラと不安定な上に、極めて微弱な力(トルク)を相手にしていることでしょう。姿勢の予測が難しい。予測が外れる事も多いのだけれど、比較的ゆっくりした現象なので、毎日手当てをしてやれば、加速制御に必要な姿勢精度を維持できます。妙なたとえになりますが、小川に浮かぶビーチボールを、釣竿の先でちょこちょこと、岸辺から押して進路を調整し、何日もかけ河口に誘導する...そんな感じに近いかもしれません。「予測と制御」ではなく「監視と適応」ですね。

深宇宙探査機の運用は、何をするにしても10分~40分の待ち時間が入るので、普段よりゆったりと時間が流れます。それに加えて「はやぶさ」の場合、推力のわずかな揺らぎが姿勢に影響を与えることもあって、これまた妙なたとえになりますが、焚き火やカマドの番をしているような気分になることもありました。いずれパチッとはぜて状態が変わることは分かっているのだけど、いつ、どのくらい変化するかは正確には分からない。悪目を想定して、予め手当てしておく感じとか、扱い方を明示的に記述しにくいところも似ています。学術的(工学的)な議論に載せるのは難しそうですが、いつか一歩さがった視点で捉えなおしてみたいテーマです。

---- 問題解決の舞台裏 ----

「はやぶさ」の救出運用を通して、
o 物理現象に対する原理的な/素朴な理解(理論や法則の前提や適用限界に注意を払う)
o 先入観に囚われずに、丁寧にデータを拾うこと
といった事柄の大切さを改めて教わりました。また、実際に問題を解決する場面では、JSPECの研究者の方に解析をお願いしたり、社内の知恵袋の方に助言を求める場面も少なからずありました。「はやぶさ」が最終軌道修正のフェーズまで辿り着くことができたのは、宇宙研が継続してきた宇宙開発の歴史や、衛星メーカーとして社内に蓄積された経験の後押しがあってのことです。それに加えて、個人の経験(場数)の豊富さも見逃せないファクターであることも事実でしょう。今から20~30年前に、組織としても個人としても初めての事ばかり、という環境の中で、自分の手を動かして様々な手法について比較検討し、丁寧に概念設計の段階から運用ソフトを開発してきた経験が、救出運用に繋がっている。そこにこめられた「はやぶさ」からのメッセージは、開発効率や新規性ばかりにとらわれていると、研究者や技術者の底力は育たないよ。ということかもしれません。

表立って述べられることは少ないのですが、問題への対処という観点からは、計算機環境の発展も見逃せません(私が元々プログラマーだからでしょうか)。調査や分析に使うツールの多くは高機能なインタープリター言語で記述しています。目的を達成できれば、どんな言語を使ってもよいわけですが、時間的な制約が厳しいなかで、探査機の姿勢運用に必要な仕事をこなすのに重宝しています。少ない人数で救出運用を実施できている背景には、計算機のハードウェアの性能向上だけでなく、プログラミング言語を含めた計算環境の発展も大きく寄与していると改めて感じます。

---- 自己紹介的なエピローグ ----

もともとは、「はやぶさ」姿勢系の搭載ソフトの一部を担当していました。この部分はミッション系に対してバス系という、いわば裏方的なものになるわけで、「確かな技術と安全運転」が身上です。縁あって「はやぶさ」救出から帰還までの姿勢系運用を担当させていただく事になり、大変貴重な経験をさせていただいていると感謝しています。日本の宇宙開発が続いてきたからこそ「はやぶさ」のミッションも存在する。そういう歴史性や、先人の努力や実績の上に成り立っているという思いが自然にわいてきます。冷静に見つめなおせば、不具合対応が極めて長期に渡って継続しているとも言えますが、そこには、いくつもの教訓が埋まっているはずです。手間のかかる作業になりそうですが、様々な分野の人の知恵を借りながら、それらを掘り起こして、次の世代に伝える上手な方法を探していきたいと思っています。

以上、まとまりのない感想文になってしまいました。そろそろ、地球帰還の準備に戻らせていただきます。では。


筆者紹介

「はやぶさ」が太陽電池パドルを太陽に向けたり、アンテナを地球に向けたり、イオンエンジンで加速したりするためには、姿勢制御技術は大事な生命線。今日も着実に丁寧に「はやぶさ」と対峙する白川さん達姿勢系チームの方々の「姿勢」はまさにエンジニアの鑑そのものです。(delta-V)

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